6月 29 2010
日本史のお話-火曜は藤原氏のお話【063】
日本史のお話が(^^)火曜は藤原氏のお話をしています(^^)
先週は式家の藤原百川のお話をしました。
百川のあと、式家からは宇合の孫に藤原種継がでてきます。種継は造長岡宮使(ぞうながおぐうじ)として長岡京遷都を強行しましたが、遷都の翌年の785年、造営工事の監督中に、遷都反対派によって暗殺されてしまいます。
暗殺事件では有力貴族が処罰され、連座して皇太子であった早良親王も廃太子されてしまいます。
式家からは、あと百川の長男である藤原緒嗣(おつぐ)が活躍しました。桓武天皇に蝦夷征討と平安京の造営の停止を上奏したりしました(徳政相論)桓武天皇は、先週お話したとおり、百川のおかげで即位できた面もあったことから、この緒嗣を特に大切にしたそうです(^^)
しかし、栄えた式家も、種継の子の仲成(なかなり)と薬子(くすこ)が、810年に平成(へいぜい)上皇の復位と平城京を画策したねが発覚し、鎮圧されたことから、没落していったのでした(薬子の変)
薬子の変をきっかけに台頭してきたのが、いよいよ登場、このお話の主役というべき北家です(^^)
北家のお話から、藤原道長&頼通以降、『藤原』の名をみかけなくなる理由も明らかになってきます(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお会いできますように(^^)♪
by タネ
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