9月 16 2011
菅原道真
天満宮のお話から、今回は少し『菅原道真』のお話を(^^)
道真は、代々学者の家柄で、道真も『文章博士(もんじょうはかせ)』として、漢詩文や歴史を学びました(^^)
当時の宇多天皇の信任をうけ、899年、学者としては異例の出世で『左大臣』となりました(^^)
しかし901年、右大臣(左大臣の下)の『藤原時平(ときひら)』の中傷により、『大宰権帥(ださいごんのそち)』に左遷されてしまいます(^^)
ちなみに『権帥』は、現地での実質的な長官です(^^)長官の『帥』は親王がなることが多く、現地にいかないのが例でした(^^)
日本史の勉強としては、『遣唐使』の中止を進言したことは欠かせませんね(^^)
細かいところでは、『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』『類聚国史(るいじゅうこくし)』の編者です(^^)
また漢詩文集の『菅家文草(かんけぶんそう)』、『菅家後集(かんけこうしゅう)』もありますよ(^^)
ちなみに、古典『更級日記(さらしなにっき)』の作者『菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)』、の『孝標』は道真の子孫にあたります(^^)
ではまた(^^)
by 種



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