11月 02 2010

日本史のお話【180】-藤原氏のお話

火曜は、藤原氏のお話をしています(^^)

今回は『藤原実頼(ふじわらのさねより)』です(^^)

忠平の長男として900年に生まれた実頼は、醍醐・朱雀・村上・冷泉の四人の天皇に仕えたのですが、関白・太政大臣になったのは967年、実頼68歳のときでした(^^)

理由は、村上天皇が実頼の父忠平の死後、摂政・関白をおかず親政をおこなったからです。『天暦の治(てんりゃくのち)』といわれる時期です(^^)

967年に村上天皇にかわり冷泉天皇が即位するとともに、実頼は関白・太政大臣となりました。その後969年に『安和の変(あんなのへん)』がおこります(^^)

この事件は、冷泉天皇の皇太子『守平(もりひら)親王』を廃して、兄の『為平(ためひら)親王』を皇太子に擁立しようとしている、という陰謀があるとの密告を『源満仲(みなもとのみつなか)』がしたことが発端でした(^^)

為平親王の妃は当時の左大臣『源高明(みなもとのたかあきら)』の娘であり、高明が天皇の外戚になることを恐れた藤原氏は策略により高明を太宰権帥に左遷したのです(^^)

実頼はその後摂政となりました。ここに藤原氏の地位は完全に確立されて、以後は摂政と関白がつねにおかれるようになりました(^^)

『小野宮殿(おののみやどの)』とも呼ばれた実頼は有職故実(ゆうそくこじつ)にも詳しく、詩歌にも優れていました(^^)

次回は、兄の実頼をこえて藤原氏の主流となっていった『藤原師輔(ふじわらのもろすけ)』から『藤原道長』まで、です(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


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