10月 19 2010
日本史のお話【168】-藤原氏のお話
火曜は、藤原氏のお話をしています(^^)
今回は『藤原時平(ふじわらのときひら)』です(^^)
871年に基経の長男として生まれた時平は、899年に左大臣となります(^^)
ところで、891年に基経が死去すると当時の宇多天皇は関白をおかずに、『阿衡事件』解決に努め信頼を得た学者出身の菅原道真を、蔵人頭(くろうどのとう)に抜擢し、藤原氏をおさえようとしました(^^)
897年に宇多天皇の跡をついだ醍醐天皇(だいごてんのう)も、摂政・関白をおかず、時平の左大臣昇進と同時に道真も右大臣として、天皇親政を行いました(^^)
ここからはみなさんご存じかもしれませんね(^^)901年、時平は策謀により道真を太宰権帥(だざいのごんのそち、太宰府現地の実質的長官)に左遷させ、調停の実権をにぎり藤原政権を確立しました(^^)
醍醐天皇が摂政・関白を置かなかっため、摂政・関白にはなりませんでした。『本院大臣(ほんいんのだいじん)』と呼ばれていました(^^)
時平は最後の荘園整理令となる『延喜(えんぎ)の荘園整理令』をだしたり、法令集である『延喜格(えんぎきゃく)』を編集するなど、律令体制維持に努力しました。また歴史書である『日本三代実録』の編集にも関わるなどしました(^^)
少しダーティなイメージがある時平ですが、日本史の中でトピックとなるような出来事にしっかり関わっていたのです(^^)
次回は、時平の跡をついだ『藤原忠平』です(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane



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