6月 25 2010

日本史のお話-金曜は日本史あれこれ【059】

日本史のお話(^^)金曜は日本史について、思いつくままにお話しています(^^)

先週、『寛政の三奇人』の一人の蒲生君平についてお話したので、今日は残る一人の林子平(はやししへい)についてお話を(^^)

1738年に、幕臣の子として江戸で生まれ、のちに仙台藩士となりました。幕府の官学を司った林家とは関わりはないようです。

長崎に遊学した子平は、海外事情を学び、ロシアの南下を警戒して、『三国通覧図説』『海国兵談』を著し、「江戸の日本橋より唐・オランダまで、境なしの水路なり」と、海防が急務であると説きました。

しかし1792年、幕府により世論を惑わすとして、版木と製本を没収され、蟄居を命じられ、翌年病死したのでした。

『寛政の三奇人』、いかがでしたか?(^^)独自の視点をもった三人だったからこそ、呼び名ついたのではないでしょうか(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお会いできますように(^^)♪

by タネ

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