高校日本史×英語マスターブログ

4月 27 2011

東寺の五大明王

今回は、前回予告した『神仏と方角のお話』です(^^)

東寺には有名な『五大明王像』があります(^^)

『不動明王像』が中心にあり、そのまわりに四体の明王像があり、それぞれが四方を守るとされています(^^)

『東方』を守るとされているのが、向かって右側手前の『降三世明王(ごうざんぜみょうおう)』です。『三世』すなわち、過去・現在・未来の主を降伏することから、この名がついています(^^)

『南方』を守るとされているのが、左側手前の『軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)』です。煩悩や種々の障碍を取り除くといわれています(^^)

『西方』を守るとされているのが、左側奥の『大威徳明王(だいいとくみょうおう)』です。衆生を害する一切の毒蛇悪竜を屈伏させるといわれています(^^)

『北方』を守るとされているのが、右側奥の『金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)』です。悪魔を降伏するといわれています(^^)

方角とのつながりは、今回調べて初めて知りました(^^)もっと勉強していく楽しみが増えました(^^)

みなさんもよく聞く『四天王』、これも方角と結びついています(^^)

次回このお話をしたいと思います(^^)

by Tane


4月 25 2011

東寺拝観

先日、京都の東寺にいってきました(^^)

京都にほぼ毎月行くようになってから、東寺は二度目ですが、新発見があったり、改めてじっくり見たりできて、二度目もよいものだなと実感しました(^^)

今回は特別拝観もありました(^^)

宝物館と『観智院(かんちいん)』を見ることができました(^^)

宝物館には、ちょっとかわった『半跏思惟像』がありました(^^)中宮寺や広隆寺のものとはちがっていて、興味深いですよ。見てきていただきたいので、ここではヒミツということに(^^)

智院では、宮本武蔵筆の襖絵をみることができます(^^)『五大の庭』と名付けられた庭もいいですよ(^^)

ちなみに、観智院に歩いていくと、バスケットボールの全国的強豪である『洛南高校』のそばを通ります(^^)体育館から、練習の声が聞こえてました(^^)

東寺といえば『五大明王像』が有名ですが、これにちなんだ『神仏と方角』のお話を次回したいと思います(^^)

東寺は5月25日まで特別拝観できますよ(^^)有名な『不二桜』は散っていましたが、遅咲き桜がまだあって、とてもよかったですよ(^^)

是非一度訪れてみてくださいね(^^)

by Tane


4月 13 2011

日本史の中の東北

『東北』と聞いて、日本史の中で自分がすぐに思い浮かぶのが『白水阿弥陀堂(しらみずあみだどう)』です。

今、大変つらい思いをされている、福島県いわき市の白水町にあります。

平安時代の阿弥陀堂建築を代表する建物で国宝です。

奥州藤原氏の『藤原秀衡(ふじわらひでひら)』の妹が、1160年に夫の『岩城則道(いわきのりみち)』の菩提を弔うために建立しました。

本尊の阿弥陀如来像は重要文化財です。

『白水』の名は、『泉』の字を二分してつけられたものです。聞いたことがある方もいらっしゃっるかもしれませんね。

池の中にある、きれいなお堂で印象が強く、是非一度訪れたいと思っています。

読んでいただきありがとうございました。読んで、好きな日本史を通して東北のことに思いを馳せていただけたらと思います。

復興を心より祈っていますp(^^)q

by Tane


4月 01 2011

仁和寺拝観(^^)

先日、仁和寺にいってきました(^^)

御殿を拝観していて、気づいたことがありました(^^)

先月、大覚寺を拝観したときから、なんとなく感じていたのですが、ワタクシは

『門跡寺院』が好き(^^)

なのだということです(^^)

訪れる場所は、どれも日本史として楽しく、素敵なのですが、中でも門跡寺院の豪華であり、荘厳な雰囲気が好きです(^^)

静かな雰囲気で拝観している時間が好きです(^^)

大覚寺も仁和寺も、まさにこれから桜の見頃です(^^)

『門跡』の雰囲気を味わいながら、是非訪れてみてください(^^)

最後に、今回の震災で被災された方に、心よりお見舞い申し上げます。

東北にも日本史にちなんだ場所はたくさんあり、夫婦で訪れたいねと話していた矢先の出来事でした。

復興をお祈りしております。復興の暁には、是非とも訪れたいと思います。

東北の素晴らしさを少しでも多く伝えて、復興後にみなさんに訪れていただくことで、東北の皆様の生活のお役にたてたらと思っています。

『がんばらない・無理しない、そしてあきらめない』でいきましょう(^^)

by Tane


3月 09 2011

妙心寺退蔵院特別拝観(^^)

先日、京都の妙心寺退蔵院にいってきました(^^)

妙心寺退蔵院といえば、日本最古の山水画とされる、如拙筆『瓢鮎図(ひょうねんず)』が所蔵されているところです(^^)

実物は京都国立博物館に保管されているとのことで、模写をみることができます(^^)

拝観料は500円で、入ると方丈を外から観ることができ、方丈入口に『瓢鮎図』がかけられています(^^)

『余香苑』と名付けられた庭園もみることができます(^^)

四季折々楽しめそうな庭ですが、これからの時期がとてもよさそうな庭ですよ(^^)

と、ここまでは普通にできる拝観なのですが、事前に予約しておくと、プラス200円で特別拝観をさせていただけます(^^)

名前と希望日時を伝えるだけでオーケーです(^^)

特別拝観では、お寺の方が方丈内部をはじめ、退蔵院をじっくり案内してくださいます(^^)

何が見られるか…は、案内と説明を丁寧にしてくださるので、お楽しみ(^^)ということにしておきます(^^)とても楽しめますよ(^^)

ぜひ一度、妙心寺に行ってみてください(^^)ほかにもたくさん楽しめますよ(^^)見所たくさんです(^^)

寺内は生活道路として、無料で歩けます(^^)生活感ある寺の雰囲気もいいですよ(^^)

ではまた(^^)

by タネ


2月 07 2011

いました『三筆』

コメントで教えていただき、さっそく調べました(^^)

『寛永の三筆』は、『本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)』、『近衛信尹(このえのぶただ)』、『松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)』の三人です(^^)

『黄檗(おうばく)の三筆』は、『隠元(いんげん)』『木庵(もくあん)』『即非(そくひ)』の三人で、中国からきた黄檗宗の僧侶です(^^)

どちらの三筆も、江戸前期までの人物です(^^)

本阿弥光悦は美術家であり、作品や京都の『光悦寺』などでご存じの方もいらっしゃるかと(^^)

松花堂は『松花堂弁当』の名の由来になった場所であり、今は庭園となっています(^^)

調べて、楽しく勉強できました(^^)コメント本当にありがとうございました(^^)

こういう広がりは、とてもうれしいです(^^)

また発見を求めて勉強します(^^)

次回をお楽しみに(^^)

by Tane


2月 04 2011

幕末の三筆のお話

『幕末の三筆』について、お話します(^^)三人とも江戸後期の書家でした(^^)

『市河米庵』は江戸の人です(^^)加賀藩に招かれて名声があがり、門弟が5000人いたとのことです(^^)

『巻菱湖(まき・りょうこ)』は越後の人です(^^)江戸に出て学び、その書は『菱湖流』と呼ばれたとのことです(^^)

『貫名海屋(ぬきなかいおく)』は徳島の人です(^^)儒学者の中井竹山(なかいちくざん)に学び、京都で塾を開きました。唐様書道の第一人者とされ、画もかいたとのことです(^^)

コメントをいただき、他にも『三筆』がいると教えていただきました(^^)ありがとうございました(^^)

また勉強していき、お話したくなる発見をしますね(^^)

次回をお楽しみに(^^)

by Tane


2月 01 2011

見つかりました(^^)

先日お話した『幕末の三筆』、探しだせました(^^)

その三人とは、

①市川米庵(いちかわべいあん)

②巻菱湖(まきりょうこ)

③貫名海屋(ぬきなかいおく)

です(^^)

この三人について、次回お話します(^^)

読んでいただき、ありがとうございました(^^)次回をお楽しみに(^^)

by Tane


1月 26 2011

うっかり

先日、たまたま辞書を調べていて、『発見』をしました(^^)

ここのところ、自分の中での『発見』がつづき、改めて日本史の楽しさにとりつかれています(^^)

そこで、シーズンⅡは『未知』『発見』をテーマにお話をしていきたいと思います(^^)

『発見』なので、不定期になりますし、『自分の中の発見』なので、みなさんご存知のこともあったりするかとは思いますが、視点を決めて日本史の楽しさをお伝えしていきたいなと思っています(^^)

どうぞよろしくお願いします(^^)お楽しみに(^^)

ところでその『発見』なのですが、それは…

『幕末の三筆』

なるものです(^^)

時代を代表する書家に『三筆』、『三蹟』と呼ばれた人物がいましたが、江戸時代にもいたのです(^^)

早速調べた履歴を残しておいたのですが…うっかり履歴を消してしまいまして^_^;

ただ今再捜索中です(^^)

お待ちくださいね(^^)

読んでいただき、ありがとうございました(^^)次回をお楽しみに(^^)

by Tane


11月 26 2010

日本史のお話【196】-シーズンⅠ最終回

本日は特別編をお届けします(^^)藤原氏のお話の最終回です(^^)

藤原摂関家は、忠通ののち五つの家に分かれていきます(^^)『五摂家(ごせっけ)』といわれるものです(^^)

忠通の子の九条兼実(かねざね)が、1186年に源頼朝の奏請により摂政になったときから、まず『九条家』と藤原基実(もとざね)を始祖とする『近衛家』に分かれます(^^)

その後鎌倉時代中期に、近衛家から鷹司兼平(たかつかさかねひら)を始祖とする『鷹司家』が分かれます(^^)

また九条家から、二条良実(にじょうよしざね)を始祖とする『二条家』、一条実経(いちじょうさねつね)を始祖とする『一条家』にわかれます(^^)

五摂家は江戸時代おわりまで順次摂政・関白になり、明治時代になりいずれも公爵という、爵位制度の最上位に列せられたのです(^^)

『平安時代まであんなに名前をみたのに、その後どうなったのだろう』と日本史を学び始めたときから不思議に思っていました。もちろん『五摂家』という答えは知っていましたが、それをじっくりたどってみたくて、藤原氏のお話をしてきました(^^)

お楽しみいただけましたか?(^^)少しでもみなさまの楽しみのきっかけになれたら光栄です(^^)

今回をもちまして『日本史のお話』シーズンⅠは一区切りとさせていただきます(^^)

みなさま、いつも読んでいただきありがとうございました(^^)

受験生のみなさん、応援していますよ(^^)

もちろんワタクシは、毎日元気に指導していますので、質問や『話をきいてほしい』などありましたら、いつでもメッセージお待ちしています(^^)

ブログを縁に知り合えたみなさまと、今後もつながっていけたらうれしいです。見にいかせていただきますので(^^)

シーズンⅡ開始まで、しばらくお待ちください(^^)

by Tane


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