11月
25
2010
木曜は、英語のお話をしています(^^)
今回もセンター試験対策のお話です(^^)
センター試験は時間との戦いでもあります(^^)そこで、本番までに考えておきたいのが、『解く順番』です(^^)
第三問以降の配点が150点前後あるので、そこの攻略がポイントになります(^^)
ワタクシは、絵や図があり考えやすい第四問、第五問をまずやることをすすめていますが、もちろん自分のやりやすさを優先して決めてください(^^)
『得点できるところから』『得点できるところには時間をかけて』がよいと思います(^^)
先にできるところをやっておくと、安心でき、苦手問題にじっくりとりくめます(^^)
本番形式で練習しながら、『自分のやり方』を決めてください(^^)
試験の結果というものは、自分以外に責任はとれません。どんなに親や先生が慰めても謝っても、結果は自分だけが背負いますよね。
しかしそれは、『自分次第で結果を変えることができる』ということです(^^)
だからこそ、悔いのない、自分が勝負する『型』をつくって、腹をくくって戦いに臨んでください(^^)
応援しています(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
24
2010
水曜は、日本史にちなんだ旅や場所のお話をしています(^^)
今年は紅葉の時期がわかりにくい気がしますね(^^)
秋の行楽シーズンも終わりますが、シーズンオフの寺や旧跡めぐりもいいものですよ(^^)
静かにゆっくりと見て回れます。食事も、人気店もすんなり入れて、これまたゆっくり楽しめます(^^)
混んでるときとは違う、普段の街の姿が見られて、さらに好きになりますよ(^^)
出かけてみませんか?(^^)寒さ対策はお忘れなく(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
23
2010
火曜は、藤原氏のお話をしています(^^)
今回は『藤原教通(ふじわらののりみち)』からです(^^)
道長の子である教通は、1068年に兄の頼通から『氏長者』の地位を譲られ、関白となりましたが、藤原氏と外戚関係にない後三条天皇の即位により実権を失います(^^)
教通の跡をついだのは、頼通の子である『藤原師実(ふじわらのもろざね)』でした。1075年に氏長者と関白となった師実は、村上源氏との結びつきを強めていき、養女の『賢子(けんし)』は白河天皇の中宮となり、後の堀河天皇の生母となりました(^^)
師実は1086年、堀河天皇の即位とともに摂政のなり、1090年に関白となりました(^^)
師実は、子の『藤原師通(ふじわらのもろみち)』に地位を譲ります。
師通は堀河天皇を助け、白河上皇の院政には批判的であったとのことです。摂関家の勢力維持に努めた師通は、1095年に延暦寺衆徒の強訴を武力で阻止したため、『日吉山王のたたりで落命した』と言われたとのことです(^^)
師通の跡は、子の『藤原忠実(ふじわらのただざね)』つぎしまし(^^)
忠実は1107年に『鳥羽天皇』の摂政、のち関白になりましたが、天皇の信頼を失い内覧の地位を停止されてしまいます。
鳥羽天皇が上皇となり、政界に復帰した忠実は、長男の忠通(ただみち)よりも次男の頼長(よりなが)を寵愛したたため、『保元の乱(1156年)』の一因をつくってしまいます(^^)
藤原忠通は、保元の乱ののち、氏長者の地位に戻ります。父の流罪を免れさせた忠通は、子の基実(もとざね)に氏長者と関白の地位を譲り出家します(^^)
ここで、『藤原』の名が日本史の教科書から姿を消すことになります(^^)
次回、藤原氏のお話の最終回です(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
22
2010
月曜は、週末の問題の答えです(^^)
答えは、①御料所(ごりょうしょ)、②段銭(たんせん)、③棟別銭(むなべつせん)、④土倉役(または倉役)、でした(^^)
幕府や政府の財源、もしっかりまとめておいてくださいね(^^)
受験生のみなさんを応援しています(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
20
2010
週末は問題を出しています(^^)
センター試験では用語の内容が関係する問題もあるので、そのチェックを兼ねた問題を(^^)
『室町幕府の財源は、直轄領である(①)からの収入や、田地一反ごとに課された(②)、一軒ごとに課された(③)があり、寺社の造営・修理を名目にしばしば課税した。また、京都で高利貸業を営む土倉・酒屋からの(④)や日明貿易の利益も重要な財源であった』
カッコにあてはまる語句を考えてくださいね(^^)
受験生のみなさんをいつも応援しています(^^)
よい週末を(^^)月曜にお会いしましょう(^^)
by Tane
11月
19
2010
金曜は、日本史のセンター試験対策のお話をしています(^^)
今回は『図』についてです(^^)
ここ数年、『古墳の図』『平城京』『五重塔』などの図がでています(^^)
意表をつくものが出ますが、問題自体は普通に考えて解けるものなので、落ち着いて『今年はこれか』くらいな気持ちで望んでくださいね(^^)
『解けない問題は絶対でない』をわすれずに(^^)必ずヒントがありますよ(^^)
受験生のみなさんをいつも応援しています(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
18
2010
木曜は英語のお話をしています(^^)
今回もセンター試験に向けたお話です(^^)
読解で大切にしてほしいのが、“and”“but”“or”という『接続詞』です(^^)
これらは『等位』接続詞などと書かれていますよね(^^)
同じものを結ぶので『等位』と呼ばれます。『文と文』『句と句』『単語と単語』をむすぶのです(^^)
接続詞の直後に何がきているか?をみれば、その接続詞が何と何を結んでいるかがわかるようになっています(^^)
接続詞のところで内容把握が違ってしまったことはありませんか?(^^)
接続詞、しっかり意識してみてください(^^)格段に理解がよくなること間違いなしですよ(^^)
受験生のみなさんをいつも応援しています(^^)質問やリクエストもお待ちしていますよ(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
17
2010
水曜は、日本史にちなんだ場所やたびのお話をしています(^^)
先日、奈良の興福寺と『正倉院展』に行ってきました(^^)
京都に寄ってから、夕方に行きましたが、興福寺の特別公開の時間に間に合って、見てくることができました(^^)
塔の内部、東金堂の後堂(ごどう、本尊の後部)という、普段見ることができない所を見ることができて、とても楽しかったです(^^)
正倉院展は大盛況でした。やはりみなさんのお目当ては『琵琶』(^^)『ショーケースの一番前で見る』ために並びました(^^)
文書が多く展示されていて、これがとても興味深かったです(^^)
今回一番よかったなと思ったことは、『直筆のご朱印』です(^^)
なかなか持ち歩けず、書いてあるご朱印をいただいていましたが、朱印帳の大きさに合わせて書いていただくと、すごく立派で気持ちも引き締まりました(^^)
とても楽しい日本史旅でした(^^)
みなさんはどこにおでかけになりましたか?(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
16
2010
火曜は藤原氏のお話をしています(^^)
今回は『藤原道長』『藤原頼通』です(^^)
道長は、兼家の五男として生まれました。兄たちの死後995年に右大臣となり、兄の子の藤原伊周・隆家兄弟を失脚させて、翌996年には左大臣になります(^^)
娘の彰子(しょうし)は一条天皇皇后、妍子(けんし)は三条天皇皇后、威子(いし)は後一条天皇皇后となり、三代の天皇の外戚として、藤原氏の全盛時代を迎えました(^^)
1017年に子の藤原頼通に摂政を譲り、太政大臣になりました。『御堂関白』といわれますが、実際には内覧の宣旨をもらったのみなのです(^^)
晩年は出家して法成寺(ほうじょうじ)を建立しました(^^)日記『御堂関白記』を残しています(^^)
頼通は、後一条、後朱雀、後冷泉の三代の天皇の摂政・関白として、52年の間全盛期を維持します(^^)
しかし、後冷泉天皇に入内した寛子(かんし)に皇子が生まれず、外戚関係にない後三条天皇が即位したことで苦しい立場になり、弟の藤原教通(のりみち)に関白の地位を譲りました(^^)
1052年に、宇治の別荘を寺に改め平等院としました(^^)『宇治殿』『宇治関白』などと呼ばれました(^^)
今回はみなさんもよくご存じのお話ですね(^^)
次回は『藤原教通』から『藤原忠通(ただみち)』までをお話します(^^)このお話もそろそろ終わりを迎えます。お楽しみに(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane
11月
15
2010
月曜は、週末の問題の答えです(^^)
答えは、①立憲自由党、②立憲改進党、③第一次山県有朋内閣、です(^^)
①②は順不同です(^^)
教科書の記述をベースな補充形式にしてみました(^^)センター試験対策として活用してくださいね(^^)
ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪
by Tane