2010年11月

11月 11 2010

英語のお話【183】-センター対策

木曜は、センター試験対策を中心に、英語のお話をしています(^^)

今回は、さっとできる項目からお話を(^^)

それは単語の発音問題です(^^)

『たかが2点』などと、捨てたりあきらめている方はいないと思いますが(^^)、時間をかけにくいのも事実ですよね(^^)しかも、単語問題を間違えるのは、なぜかとても悔しかったりします(^^)

発音の攻略は、何よりも『過去問』が一番です(^^)

問題集より過去問を(^^)実際に出た問題が、一番の教材です(^^)

気付いている方も多いと思いますが、『発音問題にでる単語』は確実に存在しています(^^)

形式にこだわらず、発音問題の過去問を色々解いてください(^^)『あやしい単語』がわかってきますよ(^^)

『日本語化した単語』『アクセントの位置を決める接頭&接尾語』をまず押さえてください(^^)

単調になりがちな単語の勉強に、新たな視点が加わって、攻略しがいのある楽しい勉強になりますよ(^^)

是非お試しを(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


11月 10 2010

日本史のお話【182】-日本史スポット

水曜は日本史にちなんだ場所のお話をしています(^^)

今回は、ちょっと趣向を変えまして(^^)

秋の行楽シーズンになり、また『特別公開』がおおくなっています(^^)

普段見られないものや場所が公開される、楽しみな機会です(^^)

今シーズン気になっているのが、『興福寺五重塔内部公開』です(^^)

藤原氏の氏寺でもあり、大人気『阿修羅像』もあり、まだ訪れたことがないので、秋休みの目玉に考えています(^^)

奈良といえば『正倉院展』も気になっています。『螺鈿紫檀五弦琵琶(らでんしたんごげんのびわ)』も今回は展示されるので、こちらも見てきたいと考えています(^^)

みなさんはどこに行かれますか?(^^)

受験生のみなさんも、『合格して日本史旅』を楽しみに、楽しく日本史学んでくださいね(^^)

楽しく学んで、受験をいい思い出にしてもらえたら、教えている立場の者として、とてもうれしいです(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


11月 09 2010

日本史のお話【181】-藤原氏のお話

火曜は藤原氏のお話をしています(^^)

今回は一気に話を進めていきます(^^)

藤原実頼のあと、摂関家の主流となったのは、藤原忠平の次男で実頼の弟である『藤原師輔(ふじわらのもろすけ)』でした(^^)

娘の『安子(あんし)』が村上天皇の皇后となり、冷泉・円融の二人の天皇を生んだからです(^^)

師輔の次男『藤原兼通(ふじわらのかねみち)』と、三男『藤原兼家(ふじわらのかねいえ)』は、兄弟で激しく摂関の地位を争います(^^)古典でもでてきますよね(^^)

昇進が早かったのは弟ですが、兄の兼通が関白と太政大臣となりました。死の直前に関白の地位を、おじの『藤原頼忠(ふじわらのよりただ)』にゆずりました(^^)

しかし兄の死後、兼家は策謀により外孫にあたる『一条天皇』を即位させて、その摂政・関白として権勢をふるいました(^^)

兼家は『東三条殿(とうさんじょうどの)』とよばれていました(^^)教科書にある、寝殿造の屋敷の模型も東三条殿のものですよ(^^)

その後、兼家の長男の『藤原道隆(ふじわらのみちたか)』が一条天皇の摂政・関白、四男の『藤原道兼(ふじわらのみちかね)』が関白となりました(^^)花山天皇を欺いて一条天皇に譲位させたのも道兼でした(^^)

道隆は権力を子の『藤原伊周(ふじわらのこれちか)』に譲ろうとしたのですが、道隆の弟にあたる『藤原道長(ふじわらのみちなが)』が登場してくるのです(^^)

今回は流れをつかんでもらいたくて、あえて一気にお話しました(^^)このほうが古典の読解にも役立つかと思います(^^)

次回は『藤原道長』『藤原頼通(ふじわらのよりみち)』です(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


11月 02 2010

日本史のお話【180】-藤原氏のお話

火曜は、藤原氏のお話をしています(^^)

今回は『藤原実頼(ふじわらのさねより)』です(^^)

忠平の長男として900年に生まれた実頼は、醍醐・朱雀・村上・冷泉の四人の天皇に仕えたのですが、関白・太政大臣になったのは967年、実頼68歳のときでした(^^)

理由は、村上天皇が実頼の父忠平の死後、摂政・関白をおかず親政をおこなったからです。『天暦の治(てんりゃくのち)』といわれる時期です(^^)

967年に村上天皇にかわり冷泉天皇が即位するとともに、実頼は関白・太政大臣となりました。その後969年に『安和の変(あんなのへん)』がおこります(^^)

この事件は、冷泉天皇の皇太子『守平(もりひら)親王』を廃して、兄の『為平(ためひら)親王』を皇太子に擁立しようとしている、という陰謀があるとの密告を『源満仲(みなもとのみつなか)』がしたことが発端でした(^^)

為平親王の妃は当時の左大臣『源高明(みなもとのたかあきら)』の娘であり、高明が天皇の外戚になることを恐れた藤原氏は策略により高明を太宰権帥に左遷したのです(^^)

実頼はその後摂政となりました。ここに藤原氏の地位は完全に確立されて、以後は摂政と関白がつねにおかれるようになりました(^^)

『小野宮殿(おののみやどの)』とも呼ばれた実頼は有職故実(ゆうそくこじつ)にも詳しく、詩歌にも優れていました(^^)

次回は、兄の実頼をこえて藤原氏の主流となっていった『藤原師輔(ふじわらのもろすけ)』から『藤原道長』まで、です(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


11月 01 2010

日本史のお話【179】-問題の答え

月曜は、週末の問題の答えです(^^)

答えは、

①鳩山一郎

②1956

③国際連合

でした(^^)

戦後日本の回復のながれも、まとめておいてくださいね(^^)

ありがとうございました(^^)明日もお楽しみに(^^)♪

by Tane


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