9月
26
2011
一気に秋の雰囲気が増してきましたね(^^)
涼しくなってくると、京都や奈良、鎌倉に行きたくなってきます(^^)
今回は奈良の『大和三山』のお話を(^^)
大和三山は、奈良盆地の南部、橿原(かしはら)市にある三つの山です(^^)
奈良平城京の前の都である『藤原京』を囲むように、北に『耳成山(みみなしやま)』、東に『香久山(かぐやま)』、西に『畝傍山(うねびやまやま)』があります(^^)
ちなみに、山焼きで有名な『若草山(わかくさやま)』は奈良市にあり、東大寺の東にあります(^^)
大和三山は、互いに約3kmはなれて、三角形をなしています(^^)
景観の美しさと位置関係から、古来より男女の三角関係に例えられてきました(^^)
畝傍をめぐり、耳成山と香久山が争うという『山争い伝説』があり、天智天皇(てんじてんのう)は歌に詠んでいます(^^)
『香久山は 畝傍雄雄し(おおし=愛しい)と 耳梨(みみなし)と 相争ひき
神代より かくにあるらし 古(いにしへ)も 然(しか)にあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき』
万葉集に載っています(^^)
奈良を訪れたら、一度しっかり見てきたいと思っています(^^)
ではまた(^^)
by 種
9月
21
2011
前に『天満宮』のお話をしましたが、天満宮とともに『八幡宮』というのも見聞きしますよね(^^)
八幡宮は、八幡神(はちまんじん)をまつった神社です(^^)
八幡神とは、『応神天皇(おうじんてんのう)』『比売神(ひめがみ)』『神功皇后(じんぐうこうごう)』の3神とされます(^^)
八幡神が初めてまつられたのは、大分県の『宇佐神宮(うさじんぐう)』で、500年代半ばの『欽明天皇(きんめい)』の時代と伝えられています(奈良時代とも)(^^)
その後平安時代の859年に、清和天皇(せいわてんのう)が京都の『岩清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)』に分祀し、『源氏』の氏神として尊崇されました(^^)清和天皇の皇子が源氏のはじまりであることからです(^^)
源頼朝が鎌倉の『鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)』に分祀してから、全国に八幡宮が広まっていきました(^^)
八幡宮は、弓矢・武道の神とされています(^^)
みなさんの近くの、天満宮や八幡宮をあらためて訪れてみてはいかがですか?(^^)
ではまた(^^)
by 種
9月
16
2011
天満宮のお話から、今回は少し『菅原道真』のお話を(^^)
道真は、代々学者の家柄で、道真も『文章博士(もんじょうはかせ)』として、漢詩文や歴史を学びました(^^)
当時の宇多天皇の信任をうけ、899年、学者としては異例の出世で『左大臣』となりました(^^)
しかし901年、右大臣(左大臣の下)の『藤原時平(ときひら)』の中傷により、『大宰権帥(ださいごんのそち)』に左遷されてしまいます(^^)
ちなみに『権帥』は、現地での実質的な長官です(^^)長官の『帥』は親王がなることが多く、現地にいかないのが例でした(^^)
日本史の勉強としては、『遣唐使』の中止を進言したことは欠かせませんね(^^)
細かいところでは、『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』『類聚国史(るいじゅうこくし)』の編者です(^^)
また漢詩文集の『菅家文草(かんけぶんそう)』、『菅家後集(かんけこうしゅう)』もありますよ(^^)
ちなみに、古典『更級日記(さらしなにっき)』の作者『菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)』、の『孝標』は道真の子孫にあたります(^^)
ではまた(^^)
by 種
9月
14
2011
今回は『天満宮』のお話を(^^)
『天満宮』は、『菅原道真(すがわらのみちざね)』を祭神とする神社のことです(^^)
『てんまんぐう』と読みますが、『てんまぐう』とも、また、天満神社、天神社、菅原神社、菅原天神社などというところもあります(^^)
『天満』とは、道真におくられた神号『天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)』からきています(^^)
道真は大宰府に左遷されましたが、死後しきりに京都に天災がおこり、人々は道真の怨霊のたたりだといいました(^^)
そこで、鎮魂のために道真の霊をまつり、神殿を建てたのが今の『北野天満宮』です(^^)
天満宮の『梅鉢紋』は、道真が梅を愛していたことからです(^^)
大宰府に流されるときに詠んだ、
『東風吹かば にほひおこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな』
という歌もありますよね(^^)
ちなみに、天の神は『天神』ですが、地の神は?(^^)
『地祇(ちぎ)』といいます(^^)初めて知りました(^^)
ではまた(^^)
by 種
9月
12
2011
先日、松本市内にある『深志神社(ふかしじんじゃ)』にいってきました(^^)
松本市街地は、かつて深志といわれていたそうです。深志とは『深き志し』という意味です(^^)
祭られているのは、お諏訪さま(諏訪明神)と天神さま(菅原道真)です(^^)
ところで、寺社の建物の屋根には『紋』がついていますよね(^^)
この深志神社では、二つの紋が並んでついています(^^)
初めて見ました(^^)驚いて楽しくなりました(^^)
天神さまなので、おなじみの『梅鉢紋(うめばちもん)』と、お諏訪さまの『梶の葉紋(かじのはもん)』が並んでいます(^^)
松本は、街めぐりも楽しめるので、ぜひ一度訪れてみてください(^^)
ではまた(^^)
by 種
9月
03
2011
高岡市では、高岡大仏も見てきました(^^)
高岡大仏で一番驚いたことは、その場所です(^^)
奈良や鎌倉の大仏のように、木にかこまれた境内にあると思っていたのですが、クルマで細い道を入っていくと、突然大仏の後ろ姿が見えてきます(^^)
突然の姿に、それだけで楽しくなってしまいます(^^)
ぜひみなさんにも味わっていただきたい、楽しみです(^^)
街に溶け込む大仏です(^^)
ではまた(^^)
by 種
8月
28
2011
富山県高岡市にある、『瑞龍寺(ずいりゅうじ)』にもいってきました(^^)
『山門(さんもん)』と『仏殿(ぶつでん)』、『法堂(はっとう)』が一直線に並び、それらを囲む回廊という伽藍配置が端整で、しかも回廊に囲まれた敷地は玉砂利ではなく『芝生』というのも、新鮮でこれまたきれいなのです(^^)
回廊は歩くことができます(^^)なかなか見る機会のない『大茶堂』や『大庫裏(おおくり、台所のことです)』、座禅のための『禅堂(ぜんどう)』もみることができ、とても楽しめます(^^)
珍しい仏像も見ることができますよ(^^)これはお楽しみ、ということに(^^)
金沢、高岡市を旅してきて感じたのは、『加賀』というと『前田利家』がすぐ浮かびますが、高岡市では二代藩主の『利長(としなが)』、金沢市では三代藩主の『利常(としつね)』の存在がとても大きく、大切にされていたことです(^^)
金沢市、高岡市ともとても楽しめますよ(^^)
ぜひ一度訪れてみてください(^^)高岡市の『氷見線』は、景色が楽しめますよ(^^)
ではまた(^^)
by 種
8月
17
2011
おひさしぶりです(^^)
今日は金沢にきました(^^)
第一の目的は『妙立寺(みょうりゅうじ)』です(^^)
通称『忍者寺』といわれています(^^)
通称の由来は、お堂にさまざまに『仕掛け』があることからです(^^)
加賀藩の前田家の藩主がお参りしたことから、防護のために設けられたのが『仕掛け』のワケで、忍者とは関係のない、日蓮宗の寺です(^^)
藩主の、幕府に対する意地というか、抜かりのない姿勢を感じました(^^)
工夫がとても楽しく、40分の案内があっという間に過ぎてしまいました(^^)
ぜひぜひ、一度訪れてみてください(^^)
いつもながら、簡単に紹介しているのは、ぜひみなさんの目で見て歴史を感じて楽しんでいただきたいからです(^^)
ではまた(^^)
by 種
7月
20
2011
ごぶさたしております(^^)
『ご朱印』というと、名所や観光地の寺社、と思いますが、みなさんの近くの寺社でも、参拝のしるしとして頂けるところもあります(^^)
先日、住んでいる岐阜の『金神社(こがねじんじゃ)』に参拝してきました(^^)
名前のとおり、金運にいい神社とされています(^^)
近くにも楽しい寺社はたくさんありますよね(^^)
岐阜市内にある伊奈波神社や、生まれ育った名古屋市の熱田神宮でも、参拝してご朱印を頂いてきたいです(^^)
by 種
7月
12
2011
先日、善光寺にいってきました(^^)
『一度は参れ善光寺』と言われていますよね(^^)小さいときに行ったことがありましたが、改めて日本史好きになってから、きちんと見てきたいという思いがありました(^^)
本尊の『一光三尊阿弥陀如来(いっこうさんぞんあみだにょらい)』は、欽明天皇の時代に日本にもたらされた、日本最古の仏像とされています(^^)
この本尊への信仰が『善光寺信仰』であり、宗派をこえて、あらゆる人々の信仰をうけてきました(^^)
絶対の秘仏とされていることでも有名です(^^)
国宝である本堂は、上からの形が鐘を叩く『撞木(しゅもく)』に似ていることから、『撞木造』といわれています(^^)
『お戒壇めぐり』や『びんずる尊者(なで仏)』などもあります(^^)
参道から本堂までまっすぐの道を歩くのは、神妙な気分になり、『善光寺にきたんだ』と実感しました(^^)
にぎわいのある、明るい雰囲気でとてもよかったです(^^)また参拝したいとおもいました(^^)
みなさんは、夏休みにどこに行かれますか?(^^)
避暑…にはならないかもしれませんが、善光寺に行かれてみてはいかがですか?(^^)
by 種